間崎 和明
舌先で溶かされゆかむかなしみに
立夏まばゆし長距離走の青年の息はつはつと森に列なる
〔強風のため始発より運休〕の文字列が流れゆくよ海まで
水泳のあとの授業はけだるくて教室にいちめんのひまはり
四号棟には、人類亜種の顔をして李を齧る真夏の従姉
静脈のあをばかりみてゐたせゐで鎖骨の位置がわからなくなる
きみは胸に落葉を浴びてゐるやうな表情をして夕翳りゆく
一本のポプラ焔えたつ冬日中胸に眼鏡の弦冷えてゐる
おそあきの経理主任のむなもとに緋色のはなはひらきゆくらし
復活の前に死があり死の前の長き夕日に影ひかれつつ
セーターに顔潜らせてゆくときの、ひとりとはかういふことだらう
おもひではきよき魚鱗の色なりて早稲田短歌は去りがたきかも
さびしいと言へるのならばもう少し猫にやさしくなれるわけだよ
追ひかけてきた思ひ出に会釈してレモンハートを飲み干しながら
(もし可能ならば)天使が、第七のトランペットを、吹く前、に、来て 。
間崎 和明
『本来的にオタク的表現における希求の行動とは、コンセプト的であって、新品のフィルムを全部引き出して、いまを感光させてやるんだという意志だ』、とナカオカは言った。
ナカオカの言葉を僕ら(つまり、ナカオカの言葉を借りて言うなら、人が火になるには丶を二つ打つだけであるのにいまさら気づくような人間である)がどのようにとらえようと、おそらくナカオカはにやにやと、あのお馴染みの薄ら笑いをうかべて「さもありなむ」とかのたまうのだろう。
ひどい風が吹き荒んでいる。 ちょうど一年前にナカオカが論文を遺していったときと同じような夕刻の鋭角がまた僕を刺す。電氣ブランを飲み干しているときにナカオカの顔ばかりがうかび、彼が彼の妹に遺していった文字列にこころが追いやられていく。
『ごめんよアッちゃん。 にいさんは、あたまがすこしおかしくてときどき海に花が散りますけれど、 一所懸命に、見るべきものはなべて見てきたつもりです。 からだを、おだいじに。母さんを、よろしく。 五億年経ったら、電話、ください。 ナカオカ ナカオ』
ナカオカ、倣岸なおまえが、『母さんを、よろしく』なんて人並みな事を言うもんじゃないよ。 そんなことを言い残していくから、妹さんは泣いているぞ。原隊ニ帰レ。
電氣ブランを飲んでいると、おまえの事が思い出されるよ、ナカオカ。
大学一年の秋前に留年が確定して、そのお祝いで奮発して、並カルビ四九〇円とある旨い焼肉屋で口となるナカオカであったり、僕の下宿に来て、大家のおばさんにやたらとかわいがられているナカオカであったり、腹ばいの真夏の猫の
ナカオカの、妹(だと本人が言っていたのだが、本当かどうか僕はわからない)への手紙のコピーを、僕は持っているよ、ナカオカ。妹さんが、僕に呉れたんだ。
ナカオカ。さよならもいえないくせに、『五億年経ったら、電話、ください』なんて、おまえは恥ずかしくって絶対に口にできない奴じゃないか。 なのに、どうしちゃったんだよ。
ナカオカ、おまえはそんな、
くやしいから、おまえのぶんも、僕が、呑んでやる。
『五億年経ったら電話ください』 冗談じゃないよ。 五億年どころか今だって、おまえに文句の一つも言ってやりたいんだぜ。 僕は4杯目の電氣ブランを、く、と咽喉に流し込む。アルコールの幻聴が内耳の奥で唸る。
おまえの声が聞こえる。『五億年経ったら電話ください』
『五億年経ったら、電話、ください』と言われたようにふりむいてみるけれど、…うんうん唸る幻聴の中で僕は、眠る事もできない。
間崎 和明
居並べば蝉鳴く蒼きしづけさを
夏空に ああ と響ける
これいじやうとほくに行つてしまうてはペンギンになる詠ひつつ行かう
幼児はアクリルに
はちぐわつをあゆむおまへの足裏より夏におまへのかげおちてゐる
うたごゑのごとく呻ける
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