::早稲田短歌30号記念インタビュー −佐佐木幸綱先生に聞く−

短歌会:今回は早稲田短歌の三十号を記念して先生にインタヴューをお願いしたわけですが、先生が早稲田短歌会にいらっしゃった頃と比べて、今の学生や若い方の短歌をどのようにお考えでしょうか。

佐佐木:当時の「早稲田短歌」を持ってくるのを忘れてしまって、申し訳ないのだけれども、歌の数では、ほぼ同じくらいですね。人数も二十人くらいのもので、大体同じような人数ですね。僕らの時は始終集ってたみたいね。ほとんど毎日歌会やったりね。今日歌会で喧嘩をすると、よし!明日もやろう、といって連続してやったりね。そういう感じでかなりのめり込んでいる奴が始終いたような感じがしますね。どういうことかと考えてみたのだけれど、僕らの頃は六〇年安保の前後だったから、時代のこととか社会の事とかが、かなり身近なテーマとしてあったんですね。自分のことでは喧嘩はしにくいけれども、社会の問題とか時代の問題とかだと共通項があるでしょう。そういうところでのめり込んだのかなって感じを持っています。君たちはみんなそれぞれの世界でが んばってやっていると思いますけれども、そういう社会性みたいなものがちょっと希薄かな、と感じます。まあ早稲田の諸君だけでなく今の時代って言うのが、そういうものなのでね。また短歌だけに限らず今の学生たちは、そういう状況の中にいるのかなって感じがしますね。

短歌会:時代的な共通項を持たない我々は、何を求めていったらよいのでしょうね。

佐佐木:君たちはどういう小説や評論を読んでいるのですか?そういう共通の話題というのがどういう形であるのかな。短歌会や友達同士ではどういう話題で話すのかね。

短歌会:具体的に文学のことについては、あまり話をしないですね。

佐佐木:文学なんて格好悪い?(笑)

短歌会:趣味が細分化されていてなかなか共通の話題で語り合うって事はないです。

佐佐木:ここ三四年の間に、ちょっと状況が変わってきたかな。それまでは、いわゆるネクラが嫌われる状況にあったんだよね。君たち高校生くらいだったかもしれない。とにかく明るくないとダメ。それが「ソフィーの世界」がブームになったくらいのころからね、哲学の事を考えてもそんなに格好悪くないかな、っていうムードが少し出始めたよね。僕のゼミの学生などにも、かえって、暗い方がかっこいいんじゃないかなんていうムードが出てきはじめたよね。一時期は文学なんかはほとんど読まない、本読む奴は暗くて嫌だっていう時代がずっと続いた。多少変わってきたのかなっていう気がしますね。

短歌会:共通の文学の話は難しいですね。

佐佐木:うーん、短歌の世界でもそうかもしれないね。誰もが、これは読んでる、っていうのが、今無いよね。情報量が増えて、好みが細分化され、個別化されているという気がしますね。音楽なんかもそうじゃない?大学一年と四年生じゃ、好きな音楽が違ったりさ、今の高校生と大学生とじゃ、音楽についての話が合わない。どの歌手が好きかなんて、全然変わっちゃってる。サイクルが早くなっている。宇多田ヒカルみたいに、ウワっと出てくるのも珍しいよね。

短歌会:六十年代の短歌の流れには一つの共通項として前衛運動というものがあったと考えられるのですが、今は映画にしろ、文学にしろ、音楽にしろ、前衛というものが何処にあるのか、わからない時代のような気がしますが…。

佐佐木:そうかもしれない。僕らのころ短歌の世界では『短歌』や、『短歌研究』など総合雑誌といわれるものがあって、あと結社雑誌があって、それとは別個に、同人誌がいっぱいあったんだよね。日本中で百くらいあったんじゃないかな。小さいものは一人で、多人数のだと五十人くらいで作っていたんじゃないかな。とにかく自分たちでやりたいことをやる。何をやりたいかというと、前衛的なことをやりたいんだよね。人がやっていないことをやりたい。大きな雑誌ではやりにくいから、とにかく自分たちで小さな雑誌が作ってそういう場を作ってやる。唐十郎さんの赤テントや寺山修司さんの天井桟敷だとか、小さい劇団を作って演劇の中で彼らはどんどん前衛的演劇をやっていたわけだけれども、同じような形だね。自分たちでメディアを作って、自分たちでやりたいことをやる。とにかく「前に行く」ということが信じられる時代だったのかもしれないね。

短歌会:今はなかなかそうは…

佐佐木:うーん。かえって古いことが新しいことだという逆説みたいなのが出てきているでしょう。クラシックなものやアンティークなものが、新しいみたいな感じが、出てきている。前衛的なものが、先の方に突っ走っているのが「なんだ」という感じがあるよね。

短歌会:学生短歌に限らず歌人の方にもそういった傾向があるんですか?

佐佐木:歌壇全体がそういう傾向にあるんじゃないだろうか。映画の世界とか、演劇の世界がそうだし、ファッションもレトロなものが面白がられたりするじゃない。大きくいうと自然に対する考え方というのかな、昔は自然を有効に破壊するというか、未開拓の地域に人間ができるだけ入ってゆく、これが前衛の一つのイメージだったよね。未開拓へつっこんでいく、未開拓なものの大きな要素として自然があったわけだ。だから荒地を耕して農地にするとかさ、密林を切り開いて街をつくるとかさ、そういうのがやっぱり新しい世界を生むことだったわけだけれども今ちょっとそういうことは違うんじゃないのかという感覚があるでしょ。

短歌会:むしろ守っていくという…。

佐佐木:ええ。そういう問題も関係があるんじゃないかという気がしますね。ただ前に行けばいい、切り開いて行けばいいかというとそうでもないぞというのがね、どこかに僕らの心の中にある。

短歌会:ただ対象としてどんどん切り開いていくのではなく、帰ってゆく場所としての…。

佐佐木:ただ、やっぱり基本的に青年は前に行った方がいいよな(笑)。あんまり、引き戻される青年というのはあまりかっこよくない。学生短歌の話に戻せば、できるだけ前に行きたいと考えるほうがいいんじゃないかと思いますね。

短歌会:若手歌人と呼ばれる人たちについては…。

佐佐木:一人をあげるなら、今度、現代歌人協会賞をとった、 大口玲子さん。あの人は短歌会には入っていなかったけれども早稲田の文学部にいたんですね。彼女は、東南アジアにおける日本の位置みたいなことを考えているわけだね。東南アジアにおける日本とは何なのか、そういうテーマを持っている、それは否応なく時代性と社会性を持っているわけですね。彼女はうまい形でそういう主題と出会ったと思います。近藤芳美さんとは位置づけが違う。ただ懺悔すればそれで済むかって、そうじゃないだろう、やっぱり新しいこれからの関係を考えていく中で、歴史というものを考え直していかなくてはならない。昔の日本人とは違う札(ふだ)を出しながら、アジアの中の日本という考え方をしているんですね。

短歌会:じゃあ、かなり従来と違ってグローバルな歌のテーマになっているのでしょうか。

佐佐木:そうですね。かなり堅いものですね。

短歌会:僕らも短歌をやってて、自分の詠うときのテーマについて考えさせられるんですけど、社会的、政治的テーマを持った場合、それに対して短歌が表現形式として、はたして適当なものであるか否か、先生はどうお考えでしょうか。

佐佐木:最初っから負けることはないんじゃないかな。政治ほどエロティックなものはないっていう感じ方もあるはずだし、ね。これは西洋料理に合わない素材だといってもワカメだって西洋料理にできるかもしれないし、日本料理に合わないっていってもフォワグラを日本料理に取り入れる人がこの頃いるじゃない。本当はそういうふうに、素材によって分けることはないように思いますね。斉藤茂吉は思想的なものは短歌では詠えないって言っているけれど、それは気にすることはないような気がしますね。

短歌会:モチーフを決める際に、これは詠うまいというものがおありですか。我々の歌会でもこういうモチーフを用いるのはどうだろう、と問題になることがあるのですけれども。

佐佐木:うーん、僕は、そんなに無いですね。ただ、わりとそうかなと思っているのは、佐佐木信綱は、「短歌は愛づる心」だと言っています。愛するということでね。嫌いなものをわざわざ詠わなくてもいい、一生の間喰わないものがあったっていいよ。やっぱり、詠わないものがあってもそれはかまわないでしょうね。毎日ラーメンばっかり喰っているわけにもいかないけれどもしかし、一生一回もラーメン喰わなくったっていいもんな。

短歌会:できるだけ好きなものを詠って…。

佐佐木:ただ、好きか嫌いかわかんないからね、喰ってみないと。若いうちはできるだけいろんなものを詠ってみる方がいい。本当に嫌いなのか好きなのかわかんないもの。ま、俺くらいの歳になると、大体、自分の嫌いなものと好きなものとがわかってくる。若いころはいろんなものを喰った方がいいんじゃないかな。ただ、…ただ一つ。禁欲っていうものがあるじゃない。我慢する。一時、中野孝次さんが「清貧の思想」って言っていた。短歌は、基本的に非常に禁欲的なものだよね。ある種の禁欲主義が、飛躍とか爆発をもたらすこともある。若い人はいろいろやったほうがいいと思うんだけれども、そういう禁欲の意味みたいなものをどこかに思っていないと、なんでも取ればいいのか、なんでもやればいいのかというのとはちょっと違う気がしますね。とくにまあ、短歌とか俳句とか、定型のあるものをやる人は、そういう力学を、人間の心もそういうものだし、言葉っていうものは凝縮されることによって爆発力をもつような部分があるということを、いつか考えてみたほうがいいと思うね。ちょっと話は変わるけど能登半島に行ったときにね、もう随分前ですけれども、四十ぐらいの女中さんが、能登半島を出たことがないっていうんだよ。金沢も行ったことがないっていうんだよ。「TVで東京はどんなところだとか、大阪はどんなところだとか見ているし、特に行きたくもないし」ってことを言っているんだね。そういう風な、能登半島だけで終わる一生っていうのも、ありだなと思った。これは寺山修司さんがよく言っていて、「現実の旅よりも、想像力のほうがずっと遠くに行けるんだ」って言い方でね。そういう逆説はどこかで自分たちの論理の中に組み込んでおかないと、それでまたそれをどこかで自分の行動原理の中にそういうのを入れておきたいね。

短歌会:なんだか歌枕の魅力のようですね。

佐佐木:歌枕はそうですね。

短歌会:早稲田短歌を読んでの感想をお願いします。

佐佐木:二十九号の近藤君の評論。自分のお母さんが亡くなったことと、斉藤茂吉の「死にたまふ母」と重ね合わせた評論。三十枚ぐらいあるのかな。よく書けていると思いました。やっぱり自分の問題とどこかで通じていないとね。自分の心の問題とどこかシンクロしてくるところがないと、ただ調べて書いたって面白くないからね、そういう点でかなりこれは、問題意識がきちんと体に刺さっている感じがして面白く読みました。ただアララギ的な視点だけで茂吉を見たり赤彦を見たりしていますね。茂吉の短歌を丁寧に一首ずつ読んでいるんだけれども、アララギとは違う読み方が出てきた方がよかった。個人でだけではなくて、サークルでやってあげるべきだと思うんだよね、こういう見方もあるんだよとか。そういうことこそやっぱり一人で勉強しているのではなくて、サークルを作っている意味なんだろうと思うしね。

短歌会:先生の時代にも、そういう事を話し合ったりなさいましたか。

佐佐木:そうですね。随分、小野茂樹さんとか、太田比呂史さん、藤田三男さんなど、有力メンバーがいましたからね。小野さんは『地中海』で、太田さんは『未来』、藤田さんは『槻の木』でした。すでにそういう結社で活躍している人がいたな。そうするとそういうところの情報を持ってくるからね。互いにぶつかりあって。

短歌会:早稲田短歌にいながら結社にいた、ということですね。

佐佐木:そうですね。かなりみな短歌漬けだったんじゃないかな。週三日くらい活動していたんだよね。面白い奴は、学校に来ると、ずっと部室にいるんだね。全然授業に出ないで、ちょっと出席取ってくるから、とか言って十分くらい言ってさ、あとずーっとそこにいるんだよ。一週間ほとんど部室にいた人もいるよ。それでもう、土曜とか日曜とかは結社に行ったり何かしてさ。短歌漬けの人が随分いたんじゃないのかな。まあ、当時は出席もいい加減だったし(笑)。

短歌会:そんなに短歌が盛んだった時代があったんですか。

佐佐木:うーん、社会的に盛んだったわけではないですよ。好きな奴の熱中度だね。当時はね、一番勉強になったのはね、コピー機が無かったから、みんな、本を借りて、手で移すんだよね。そうすると憶える。当時お金がなかったもんだから、みんな歌集買ったり、雑誌買ったりできなくてさ、それで、何人かで一冊ずつ買って、後は写したんだよ。それで「おまえ家に持って帰ると持ってこなくなるから、ここで写せ。」とかって言われて、昼頃からずっと写したりする(笑)。暇だったし。麻雀はよくやったかな。だからそんなに暇では無かったけれども(笑)かなり短歌漬けになっているっていう奴は多かったね。

短歌会:その頃は男性が多かったのですか?

佐佐木:そうですね。女の人はあんまり…そうでもないか。十人の内二、三人。だってとにかく品が悪かった人だもの(笑)短歌会は(笑)殴り合いはするしね。議論で負けると飛びかかったり(笑)。一週間に三回ぐらい、月十回ぐらいやった。ときどき誰かが泣くんだよね。やられちゃって(笑)。次来るときは復讐心に燃えて歌会やるわけですね。負けると悔しいから「お前これ読んでないだろ」とか「これ読んでいなけりゃ話にならない、ひっこめ!」とか(笑)そんなことやっていたんだよ(笑)。むちゃくちゃだったな(笑)。

短歌会:短歌会では、必死になって恥をかくという経験が少なくなっていますが…

佐佐木:丁寧みたいだね。後記なんか見ているとみんな随分丁寧で、「○○さんは」とかさ、丁寧な感じがする。それはそれでいいのかもしれないな。僕らのころはまだ多少封建時代の名残が残っていたから、先輩後輩がわりとうるさかったしね。

短歌会:先生は、血気溢れた学生短歌を求めていらっしゃるのでしょうか?

佐佐木:え、求めている?どうかねぇ?(笑)そりゃまあみんなの作る雰囲気だね。ただ同じ仲間だと飽きてくるわけだな。そうすると、よその学校に行ったね。男が多かったから、一生懸命交渉して、女子大へ行った。女子大っていうのは当時はなかなか男を入れなかったんだよね。「男性用トイレがないけどもいいですか?」とかね。守衛さんのところで全員名前書かされたりしたこともあったな(笑)。そういう中から大学歌人連盟というのが生まれた。岸上大作なんかも一緒だけどね。岸上も短歌漬けだったね。結局十校ぐらいは集まったのかな。それで会合やったりなんかしましたけれどね、今はなかなか横の連絡が無い。

短歌会:当時は大学の短歌会同士の交流があったのですか。 佐

佐木:ええ、少しはありましたね。 短歌会:今はもう本当に大学短歌会は絶滅に近いですからね。

佐佐木:「京大短歌」は学生だけじゃないみたいだね。確かに状況は変わってきているわけだ。個人でやっている人とか結社に入っている人とか…、学校では集まりにくいんだな。だからこそ今、早稲田でやってみるのも良いんじゃないですか。

短歌会:結社に所属することと違って、学生サークルであることのメリットみたいなものは何でしょうか?

佐佐木:それはやっぱり自分たちだけで勝手なことが言えるのがいいんじゃないかな。僕らの時も、一応、窪田章一郎先生が短歌会の部長でいらっしゃったけれども、コンパの時しか来なかったですね。そしてコンパの時に先輩が大勢来ましたね。やっぱりみんな好きだったのかな、暇だったのかな。寺山修司と最初に会ったのは短歌会の忘年会コンパの時ですね。篠弘さんも来てくれましたね。年に一回くらい先輩や先生が来て、あとは自分たちでやっている。前衛的な作とか実験的な作とか、そういうのはなかなか結社誌は載っけてくれない。自分たちの雑誌だったら何を載っけてもかまわない。まあ、細かいことはいいとして、今の早稲田短歌を読んだところ、遊びが少ないと思いますね。雑誌の作り方もそうだし、それから、作品も。語呂合わせみたいなものも多少ありましたけどね。もっといろんな遊びを考え出してもいいんじゃないか。例えば、こんなのは別に遊びっていうほどじゃないけど、全部上から下へ書くことはない。下から上に書くのでもいいしね。横書きもね。もっといろいろな遊び方があってもいい。問答みたいに二つの歌をセットにするのもかまわないし、ふたり共同で作品を作ってもかまわないしね。少しみんな遊びを工夫した方が面白いんじゃないかね。遊びの中から前衛的な新しいものが生まてくるはずだ。ただここ十年くらいでは、最近は会員が多いんじゃないですか。
短歌会:八十八年頃は八名くらいだったそうです。

佐佐木:猪熊健一君たちの頃はまだ『サラダ記念日』が出て間もない時代だったから短歌ブームみたいなものがちょっとあった。でもそんなに学生はいなかった。

短歌会:これからは、もう少し遊びを取り入れて楽しい早稲田短歌を作って行こうと思います。

佐佐木:遊び、っていうのは、日常、常識から遠くに行くことですから。…(二十九号の途中で切れている短歌作品を見て)途中からないんだよね。こういう切れちゃうやつとか、完結しない作品なんかは、結社誌では載せてもらえない。こういうのはやっぱり学生短歌でしかできないですね。あと単語で、僕が知らない単語がもっとあっていいな。学生言葉でもいいんだし、専門のテクニカル・タームでもいいんだけれども、そういうのがもっと出てきてもいいよね。それからやはり、大学生活に取材したものが出てきてもいいんじゃないかね。それから、非常にクラシカルな人がいてもいいな。ちゃんと文語が使えるとか。文語、古語をきちっと使える二十代の人が出てくるのが歌壇に出る一番の早い道だと思うね。そこが現代歌壇の弱い所なんでね。

短歌会:短歌会には歌を始めたばかりの者も多いのですけれども、そういう者に対してアドバイスをお願いします。

佐佐木:いっぱい読むのがいいと思いますね。何を読むかは先輩に聞く。とにかくたくさん読むのがいいのじゃないのかな。やっぱり誰か書いていたけれど、歌会は、自分の作品がどう言われたかが問題なのではなくて、どう読んだかでね、きちんと読めなければ、作れないから、歌が一番上手になる秘訣はきちんと読めるようになること。それには数を読むことと、深く読むこと、自分の独自の読みができるかどうかですね。そのために評論や歌会を利用すればいい。

短歌会:先生の作歌のエネルギーの源がありましたらお願いします。

佐佐木:『呑牛』は毎日作ったんだよね。あれからほとんど毎日作りますね。二日酔いの時は別だけど(笑)。今朝なんかも午前三時頃起きて三首作った。早く酔っぱらって寝るけどね(笑)。年間五百首くらい短歌作ってますね。歌人か歌人じゃないかという境目は、これは冗談だけれども、年間千首、そして短歌で年収一千万円と言いふらしている。これ以下の奴は歌人というなって言ってんだけどね(笑)。『呑牛』は六百十五首か。僕が学生の頃作った歌を調べてくれた人がいるんですけれども、五百から八百首ぐらい毎年作ってますね。たくさんできる人、非常に数が少ない人もいていいけれど、特に若い人は、爆発的に作った方がいいと思いますね。

短歌会:短歌会へのメッセージをお願いします。

佐佐木:ほとんどコンパのときしか顔を出さなくて申し訳ないのだけれど、ここ二,三年は人数も多いようだし、活動も活発なようだとの感想をもっています。集団は、とにかく元気と活気だからね。注文があるとすれば、「早稲田短歌」をもう少し挑戦的、挑発的な雰囲気にしてほしい、ということぐらいかな。僕のときは「二七号室通信」という小回りの利くメディアを作って、既成歌壇を挑発し、先輩歌人たちに挑戦した。若さの魅力を持つ学生短歌の再出現を待っている人も多いはずだから、がんばってほしいと思います。コンパのときはぜひ声をかけてほしいな。

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